文化と文明

人間は、生存にとって必要な物資を共同作業や分業を通じて獲得し生活している。食物の獲得はもちろんのことですが、衣類を作ったり、住居を立てたり、またそれらの作業にとって必要な道具を作り出したりする場合、個々人が自分の分をすべて自分でやるのではなく、それぞれが自分の能力に応じてすべき労働を行い、その成果を共有したり、分配したり、交換したりすることで自分に必要なものを手に入れているのである。もちろん、このような分業体制の発達度合や分配・交換の仕方は、古今東西の社会のあり方によって実に様々だが、労働の成果の共有・分配・交換というのはその全てに通じる本質的なあり方である。

他の動物の中にも、集団を作って生活するものがあり、その中ではある程度の組織性(共同行動や個体間の上下関係)が見られることもある。が、それらは極めて萌芽的・限定的であり、人間の社会に見られるような多様な発展性を示すことない。それに対して、人間の社会は実に多様なのである。インターネットを生活のごく当たり前の一部として使っているような高度な文明社会が存在する一方で、アフリカや南米やニューギニアの奥地に行けば、極めて原始的な生活を送っている社会が現在でも存在している。種としての遺伝的多様性という点からすれば、大した差がないのに、同じ種で生活形態にこれほど大きな多様性を示すようになった動物は人間以外には存在しない。

では、人間の社会形態はなぜこのように多様なのか?その多様性をもたらしたの何なのか?それは文化と文明である。文化とは、教育を通じて伝達される知識・行動様式とその所産のことであり、文明とは、生活にとって便利なように自然を作り変える活動の所産のことです。

文化
動物は、進化史上、哺乳類と鳥類の段階で子育てという行動を獲得しました。(恐竜も一部子育てをしていたということが言われていますが、それはここではおいておく。)それ以前の段階では、基本的に卵は産みっぱなしで、子供は卵からかえったら、すべて自力で生きてかねばならない。だから、生活にとって必要な知識と行動パターンは、本能(遺伝的にプログラムされた生体反応・活動)と個体の経験から記憶して身につけたものを頼りにするほかないのである。
これに対して、哺乳類と鳥類では、子供が一人前に成長するまでは親が面倒を見、その中で必要な知識・行動を教え込んでいく、すなわち教育という過程が成立した。もちろん、その子育てのあり方自体は相当程度本能に規定されたものではあるが、それでも、生活にとって必要な知識や行動が親から子へ教え込まれていくという過程が出現したことの意義は極めて大きいものである。なぜなら、その中で、親の世代が経験を通じて新たに獲得したものを子の世代に伝えるということが可能になったからである。また、群れを作って生活する動物の場合、新しい知識や行動が群れの中で(親子に限らず)他の個体に伝播していくということも起こる。このように、新しい知識・行動が、遺伝によらずに、個体間に拡がっていくということが文化の本質なのである。
人間段階では、単に前世代から受け継いだものを継承するのみならず、それに変更を加えたり、新しいものをつけ加えたりすることがなされるようになる。すなわち、文化が厚みを加えたり、変化したりするようになるのである。また、人間においては本能の制約が希薄化し、知識・行動が、生存のための直接的必要性という制限から解放されるため、生存には直接関係ないような知識・行動が文化的に継承され、時には大きく発展していくことがあるのである。
文明
霊長類段階で獲得された優れた手(指)の構造は、人間の直立二足歩行により解放され、自然素材の加工に利用されることになる。この自然の人工化の蓄積が文明である。最初は、石や動物の骨を利用した単純な道具の製作から始まって、衣服の製作、住居の製作、火の使用、土器の製作、木材加工、etc. など、自然の素材を加工しながら自らの役に立てる技術を身につけていった。自然素材をある程度作り変えて自分の生活に利用するということ自体は、主に巣作りという形で他の動物にも見られる。だが、食物・衣服・住居の全般にわたって、器用な手を使って自然状態の物に加工を施したり、それまで存在しなかったようなものを作り出すだけでなく、その過程で行なった試行錯誤の知識を蓄積し、それを文化として世代から世代へと継承するというようなことを行なうようになったのは、まさに人間だけである。器用な手と、それを操り、また豊富な知識を蓄積できる巨大な脳はその原因であり、また結果でもある。
文明化の累積が加速度的に進んだのは、人間史の中でもこの1万年ほどのことであるが、アフリカから世界各地に広がった人類が、最終氷河期後の温暖な気候の中で、各所で様々に異なった形態と内実を伴いながら自らの文明化を行なって来た結果が、世界各地の人間社会の多様性なのである。